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03.主題講演
「日本は世界のため」 鷲見 八重子
プロフィール
津田塾大学英文学科卒、同大学院修士課程修了(専攻:英文学)。和洋女子大学に45年間勤務、その間コーネル大学、ケンブリッジ大学訪問研究員、2012年定年退職、名誉教授。2004年から社団法人大学女性協会の奨学金事業などに携わり、同協会の推薦により2012~13年、第67回・第68回国連総会第3委員会政府代表顧問を務める。現在、国連ウィメン日本協会理事、日本キリスト教婦人矯風会理事、今井館教友会理事、登戸学寮理事。 はじめに 教会全国集会2014「主に生かされて―共に生きるために」の主題講演の依頼を受けたとき、まず心に浮かんだのは内村鑑三の墓碑銘にある「日本は世界のため」という一節でした。というのは、昨年、2013年10月7日(月)から11月1日(金)まで4週間、一昨年に引き続き日本政府代表顧問として第68回国連総会第3委員会に出席し、毎日6時間ずつ国連加盟193か国の政府代表によるステートメントを聞く機会をあたえられ、その後も報告会や講演会の仕事を通して、世界における日本の立場について思いをめぐらす日々が続いていたからです。急速にグローバル化した世界の中で日本はどのような役割を果たしているのか、あるいは果たすべきなのか。きょうは50分ほど貴重な時間をいただきましたので、世界の国々が一堂に会して和解と平和を模索する国連総会の一端を紹介させていただき、「主に生かされて―共に生きるために」、日本の課題について共に考える縁(よすが)となれば幸いと存じます。 1.市川房枝と国連
NGO国内婦人委員会 では、なぜ国連の政府間会議にNGOから女性代表が参加できるのか。その仕組みについてはじめに一言述べますと、日本が初めて第12回国連総会に参加した1957年、第3委員会へ民間から女性を一人日本政府代表代理として送り出すことになりました。当時参議院議員であった市川房枝の尽力により実現した制度で、藤田たき(労働省婦人少年局長を経て1961年津田塾大学学長)が第12回総会から3回連続して代表代理を務めたのが始まりです。以来、このポストは今日まで引き継がれ、やはり市川房枝が中心となって1957年に創設した国連NGO国内婦人委員会が母体となり代表を推薦してきました。国連難民高等弁務官として大活躍された緒方貞子氏は40歳の若さで代表を務め、第3委員会は自分のキャリアの出発点であったと述べておられます。 国連NGO国内婦人委員会の設立の趣旨には、「国連憲章に示された目的を実現するために、国連総会および国連関係の国際会議等への女性の参画を強める」とあります。「女性の参画」は1999年に制定された「男女共同参画社会基本法」によりようやく注目されるようになったことを思えば、市川房枝の先見性にあらためて畏敬の念を覚えます。しかも、官民連携とも言える日本のこの制度は、今もって他国に例を見ない事例であり、各国から、これは見習うべき素晴らしい制度と評価されています。 (1) 「社会開発」 また、「社会開発」の議案では毎年、世界の十数か国から若者たち(Youth)が参加し、大使の紹介に続けて力みなぎるステートメントを発表します。先回は、開発途上国からの陳情が多かったのですが、今回は、スイス、ドイツ、スエーデン、オランダなど先進国の積極的参加が目立ちました。とくにフィンランドから参加した視覚障害をもつ女子学生の「移民家族の物語」は、戦中・戦後の困難を乗り越え、みずからも障害を乗り越え、希望を失わずに生きることの意味について切々と語り、期せずして大きな拍手がわき起こりました。男女ふたりで一つのステートメントを分け合って読む国も散見され、ジェンダー平等の実践さながらの感があります。 (2) 「女性の地位向上」 そして翌週10月14日(月)朝一番に、まだ閑散とした議場で「女性の地位向上」のステートメントを読みました。冒頭で、安倍首相の国連演説をふまえ、女性の地位向上と能力開発、女性の健康・保健、女性の平和と安全保障の分野に3年間で30億ドル(約3000億円)の支援をすること、また国連の「女性に対する暴力撤廃基金」に100万ドル寄付したことを述べ、さらに世界中の国において喫緊の課題である女性に対する暴力について、日本政府は、UN Womenとの連携を強め、性暴力の予防対策と被害者の支援に努力を惜しまないことを表明しました。国内政策としては、①男女がともに仕事と子育てを両立できる環境整備、②女性支援を促進する優良企業のバックアップ、③女性の政治・行政への参画目標2020年までに30%。さらに、「女性が輝く社会」を創出するため「日本再生戦略」を立て、いわゆるM字カーブを解消すべく25歳から44歳の女性の就業率を2020年までに73%に上げる等、具体的な数値目標を示したのですが、数値だけが独り歩きせぬよう注意して見守る必要があるでしょう。 (3) 「子どもの権利促進・保護」 ① 保険・医療:ミレニアム開発目標(MDGs)の「人間の安全」を具現化するため、すべての人が基礎的保健医療サービスにアクセスできる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現を目指し、2013年5月に「国際保健外交戦略」を策定した。 ② 児童ポルノ:被害が増加傾向にある児童ポルノを排除する対策として、政府は、本年5月「第2次児童ポルノ排除総合政策」を策定。インターネット上の児童ポルノ画像のブロッキングの実効性向上、悪質な児童ポルノ事犯の徹底的検挙、外国捜査機関等との連携強化を目指す。 ③ ハーグ条約:条約締結に向け、2013年6月に同条約の実施に関する国内法を制定し、現在、国内体制の整備に力を注いでいる。 ④ 虐待・体罰:昨年の「児童の権利」決議では日本は共同提案国となった。学校および家庭における体罰は国内法で明確に禁止されているが、さらにその実効のため、各種刊行物や教員等への指導を通じ広く周知をはかる。 「児童」の議案については、86か国が、ミレニアム開発目標(MDGs)の成果と課題、あるいはポスト2015を視野に入れた積極的な政策を披瀝しました。2013年度には国連の条約・議定書に調印した国が多々あり、国内法や国内制度の策定・改革に取り組んだ国々の報告もあい次ぎ、活気を呈したセッションです。もちろん解決すべき課題が山積していることに変わりはありません。とりわけ女児に対する性暴力は、例外なくどの国にとっても心痛のチャレンジです。ステートメントによく登場するパキスタンのマララは、この秋、ノーベル平和賞を受賞しましたが、マララを女児の教育のシンボルとし、教育を「万人の人権」として21世紀の目標に掲げることを提案した国があり、大きな拍手の賛同がありました。 (4) 「先住民の権利」 ① 「民族共生の象徴となる空間」(Symbolic Space)の整備:アイヌの人々の生活・文化を復興するため自然豊かな白老町ポロト湖畔にナショナルセンターを建設し、博物館、伝統的住居、工房などを整え、アイヌ文化の研究・啓発の拠点とする。2020年の公開に向けロードマップを公表したところである。 ② 北海道外に住むアイヌの人々の生活実態調査:一般国民と比較して生活、教育等の面でなお格差が存在することが明らかとなり、日本政府はこの9月からアイヌの人々のための生活相談を試行している。また新たに、以下の事項と取り組む。 1) 小・中・高の教科書にアイヌ関連事項を記載する 世界に民族紛争は後を絶たず、民族問題を抱えていない国はないと言ってもよいわりには、「先住民の権利」の議案に参加する国は20か国あまりにすぎません。あまりに複雑微妙な現実の前に成す術がなく、発表するに値する施策がなされていないのが現実なのでしょう。そうした流れの中で、日本のアイヌ政策は「具体的ですばらしい」と関係部署の幹部の方から褒められました。特に、初等・中等教育の教科書に民族問題が記載され、子どもたちが国連条約や人権擁護について学習できることは、将来の紛争解決に資するところが大であろうと想われます。歴史教科書から南京虐殺や「従軍慰安婦」の記述が削除されてしまった今このとき、未来を担う子どもたちに「人権」について何を、如何に教えるべきかを考えさせられるセッションでした。 (5) 「人権の保護・促進 (a)人権諸条約の実施」 ① 安倍総理の「日本再興戦略」に基づき国際的な課題にも積極的に取り組み、安保理決議1325号に基づく「行動計画」の策定を市民社会との協働で進めている。 ② UPR(普遍的・定期的レビュー)を重視し、4月には「社会権規約」、5月には「拷問禁止条約」の政府報告書の審査を受けた。来年は、「自由権規約」及び「人種差別撤廃条約」の政府報告審査を予定している。 ③ 「障害者権利条約」を国会に提出するにあたり、6月には本条約の趣旨に沿った「障害者差別解消法」の成立、「障害者雇用促進法」の改正及び「学校教育法施行令」の改正を行う。 すでに46カ国が行動計画を制定していますが、日本が模範となる点は、市民社会の、とりわけ女性の有識者および団体代表たちが当初から議論に参画し、外務省や内閣府の係官と共々に、条文の草案作成に関わってきたことです。その結果、自然災害の対応にジェンダー視点から女性の参画を推進すること、あるいは女性・女児だけでなく、難民・国内避難民、民族的・宗教的・言語的少数者、障害者、高齢者、保護者のいない子どもなど、脆弱性の高い多様な受益者への目配りなどが書き込まれました。「安保理決議1325」の議長バングラデシュのチャウドリ元大使(現国連顧問)が2013年夏に来日された際、こうした「市民参画」が最も大切な事柄であり、日本の官民一体となっての策定方式は今後、他国のモデルとなるだろうと評価されました。しかし、最終案がどうまとまるかは予断を許しません。戦時下・紛争下の性暴力根絶の項目から「慰安婦」問題は割愛されています。市民の視点から根気強く監視していくことが重要であり、パブリックコメントはその一段階です。 子どもに対する暴力(人身取引、性的虐待等)も、女児・男児を問わず、世界中に蔓延している人権侵害の最たる緊急課題です。バン・キムン国連事務総長は子どもの人権保護・促進に熱心に取り組み、数々のキャンペーンを打ち出していますが、事務総長直属の「特別代表」を務める女性たちの活躍には目を見張るものがあります。「子どもと武力紛争」、「子どもに対する暴力」担当特別代表らに加え、昨年、さらに「紛争下の性暴力」特別代表としてシエラレオネのバングーラさん(Ms. Zainab Hawa Bangura)が任命されました。2013年11月、早速来日した彼女は衆参議員連盟勉強会 において、紛争下の性暴力は「コストのかからない破壊兵器」であると言い切り、「敵対する国や民族の女性を凌辱するのは最大の屈辱と恐怖であり、兵士の士気低下、ついにはコミュニティの崩壊をもたらす犯罪である」と明言しています。さいわい平和憲法に守られ敗戦後70年近く紛争下にはない日本ですが、侵略の歴史や沖縄の長い犠牲を想起すれば、「紛争下の性暴力」は決して余所事とは言えない私たち自身の課題でもあります。 (2) 「答弁権」の行使と「慰安婦」問題 さて、毎年、答弁権の矢面に立たされるのは「紛争の火種」イスラエルですが、本国外務省から短期出張中という Lironne Bar-Sadeh「人権部」 部長は、シリアやイラクなどアラブ諸国からの厳しい非難を柳に風と受け流し、ほとんど答弁権を行使しませんでした。若い女性代表たちが議案ごとに激しい応酬を繰り返した前年とは大違いです。答弁に立ったときには、「非難しあっても解決にはならない。それよりイスラエルがシリアからの難民を受け入れ、小学校から大学まで教育支援をしている事実を知ってほしい」と穏やかに訴えていました。 そうした流れの中で、韓国から馳せ参じた「ジェンダー平等・家族」省の女性大臣のステートメントが際立ってしまいました。満を持して颯爽とご登場の若く美しい大臣は、生き証人である「従軍慰安婦」たち一人ひとりを訪問し聞き取り調査した結果について、その具体的状況から両国の歴史認識の違い、この問題への国連機関の勧告から今日までの経緯まで、理路整然とした構成と華麗なる発言力で聞かせ、加えてスクリーンに映し出される美貌により会場を釘付けにしたのでした。対するに、日本側の「答弁」は従来の政府見解の域を出ていません。「慰安婦」の件が、巧妙な政治的駆け引きに利用されていることは明らかですが、身の縮む思いでした。 第57回の「人権」の議案の折、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、日本に対して答弁権を行使し、遡って1996年のクマラスワミ特別報告者の勧告から説き起こし、日本政府は国連勧告を無視して「著しい人権侵害」に公的謝罪をしていないと非難を繰り返しました。北朝鮮の「拉致」は人道的犯罪であると数か国が非難・勧告したのに対して、北朝鮮はその件には一切触れず、矛先を日本の慰安婦問題へすり替えたのです。せっかく国際社会の信頼が厚い日本なのですから、一刻も早い誠意ある謝罪が待たれます。 国連の象徴として、イザヤ書2章4節が壁に刻まれています。
戦争の世紀と呼ばれる20世紀に、日本はアジアへの侵略戦争を繰り返し、ついに1945年8月6日広島に、8月9日長崎に投下された原子爆弾をもって敗戦となりました。加害国であり被害国でもあるという重荷を負い、焦土と化した絶望の淵から立ちあがり70年になろうとする今日、日本は今では国連加盟国の中で揺るぎない地歩を確立しています。各国からの信頼が厚いのは、言うまでもなく、日本が平和憲法を順守し、戦争を放棄し、世界の経済発展に大きな貢献を成してきたからにほかなりません。日本国憲法は2014年度のノーベル平和賞の有力候補となり、あらためて世界の注目を集めました。受賞を逃したのは残念ですが、憲法9条は、日本が世界に誇れる平和遺産と言えましょう。 日本国憲法の「前文」はとりわけ格調高く、こと日本にとどまらず、世界の諸国民に向けて開かれた「人類普遍の原理」を明記していることに感銘を受けます。まず、主権が国民に存することを宣言し、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである」としています。 つぎに「恒久平和」について、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と、不断の決意が記されています。過酷な戦争を潜り抜けてきた世代にとっては、胸にすとんと落ちる、心から納得できる言葉だと想います。 結びとして、日本国憲法は「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる」と記されています。下線を引いた言葉に留意するなら、私たちの憲法は、世界の国々と協調し、人類の福利と世界の平和に尽くすことを確認し、それを国家の責務とすると誓っているのです。 この精神は、まさに国連憲章と響き合っています。また、われわれキリスト者には、古き時代に神に召された預言者イザヤあるいはエレミヤを通して語られた、神の息づかいをかすかに感受できるのではないでしょうか。ことあるごとに日本国憲法に立ち返り、前文にあるとおり、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」ものであります。ご清聴ありがとうございました。 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。 |